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上三川城主今泉家累代の墓

更新日:平成23年4月22日

上三川城主今泉家累代の墓種類

史跡(町指定文化財42)

指定年月日

昭和51年4月2日

所在地

上三川

所有者

長泉寺

 

宇都宮第五代当主頼綱の次男頼業はまず横田(宇都宮市兵庫塚)に築城し横田家を名乗りましたが、多功城築城の翌年、建長元年(1249年)上三川に新たな城を築いて移りました。

以後上三川城主は横田家でしたが、第七代師綱のとき、康暦2年(1380年)、主家宇都宮氏と小山氏が合戦した裳原(宇都宮市茂原)の激戦で師綱とその長男綱業が重傷を負ったため、今泉郷に住む綱業の弟、元朝が上三川城主を継ぎました。

これから上三川城主は今泉を姓とし、慶長2年(1597年)高光(第十四代と第十五代の二つの説がある。)が落城自刃するまで続きました。

この墓は上三川城主今泉家のものです。墓塔は宝篋印塔で、室町時代の特徴を残しています。

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